心身の不調

昨晩、寝しなに「怖いよぉ」と呻きながら号泣していたら、今日はバイト先で倒れ、タクシーで救急外来に行く羽目になってしまった。

 

 

外来の受付にはわたしのほかにも人がいて、ひとりは足を組みながら新聞を広げている。

もうひとりは確かに体調は良くなさそうだけれど、明らかに高齢が原因だろうと思われる、休日の救急外来の常連客らしい人だった。

 

思いのほか、見た目ではわたしが一番しんどそうだ。

けれど、そんなわたしでも、明確に診断をもらえそうな不調は風邪か膀胱炎くらいしか思いつかない。

 

 

二時間近くかかって膀胱炎の薬をもらう。

別に、病院に行くのは明日でもよかったような気がする。

よたよたしながら自宅へ向かう。

 

 

 

 

最近分かったのは、わたしは思い出のたくさんある人が心底羨ましいということと、眠っている人の顔をうまく判別することができないということだ。

 

 

半ば意識的にいろいろなことを忘れてきた。

だけど、頑張って長生きしてきたつもりで、もう相当しんどくなってしまっているのに、後ろに何も思い起こすことがないのは惨めだ。

 

思い出だけで今を生きているような人が羨ましい。

でもそれは、きっともっと長生きすることでしか得られない生き方なので、いっそう羨ましく妬ましいのだった。

 

 

人の寝顔を識別できないので、隣に他の人が眠っていても気づかないかもしれないと思うのも悲しかった。 

いや、薬を飲んでも数時間おきに目が覚めるのだから、そんな心配はきっといらないのだろう。

 

眠りが浅くて訳が分からなくなることはあっても、人が分からなくて混乱することはきっとないはずだ。

きっと。

 

 

 

 

昨晩何があんなに恐ろしかったのか、もうあまりうまく思い出すことができなくなっていた。

 

ただそのぼんやりとした記憶が、わたしを安らかな眠りから一層遠ざけるだけなのだ。